闘技場に向かう青い髪の男。
肩を回しながら歩いていたその男は、ココが入れられているガラスケースの前で立ち止まった。

     よう。元気か?
     …うん。………また、バトルなのか?

彼に死相は出ていないけれど、キツイ闘いを強いられるのは視なくても分かる。

    ……気を付けて……アダマンパイソンは、尻尾にも毒針を持っている
    ああ、分かった。いつもサンキュー

ニッ…と、笑う男の首には、無機質で頑丈な首輪が嵌められている。
毒に塗れた自分と違い、明るい笑顔には実に不似合いな代物だと思った。

少しばかり笑みを収めて、男がそっとガラスケースに手を伸ばして来た。
ガラスの壁に付いていたココの掌に自分の掌を重ねて、男が近付く。

    まだ、聞いて無かったな。 名前、教えてくれないか?

ココの眼が驚きに見開かれ、次いで戸惑いに視線を彷徨わせた。
熱すら遮断する特殊ガラスなのに、重ね合わせた掌がじわりと熱くなる。
コツリと額をガラスに付けて俯きながら、口を開いたり閉じたりを繰り返す。

    ………… ココ

漸く漏れた小さな返答に嬉しげに眼を眇めて、男はガラスケースに顔を付けるようにして言った。

    ココ…か。 オレは、トリコだ

思わず顔を上げると、目の前の双眸に捕らえられた。

    ……トリ…コ……

男の名を綴る唇に、トリコの顔が更に近付いた。
温もりすら交わせない、ガラス越しのキス。

それでも、重ねた掌が、唇が、熱を持ち……今まで意識する事も無かった鼓動を高鳴らせる。
ガラスケースの中で初めて、ココは自分が生き物である事を実感した。



    じゃあな、ココ。 行って来る

闘技場に眼を向けると同時に表情から甘さを削ぎ落としたトリコは、ココに背を向けて歩き出す。

その背が消えて行った闘技場への暗い通路を、ココは何時までも何時までも見詰めていた。