酒癖、悪癖、絡み酒


ほんの少量のアルコール。
ワイングラスの三分の一程度を呑んだだけで、ここまで見事に酔っ払う奴は初めて見た。
涼やかな切れ長の眼はとろりと潤み、滑らかな白い肌を紅に染め、完全に酒に呑まれてしまったココは、蕩ける様な笑顔で分厚い胸板にしな垂れかかっている。
普段のココからは想像し難い、可愛らしくも艶めかしい酔い姿から眼が離せないのだが………トリコは不機嫌も露わに、骨付き肉を食い千切った。


厳しい修行の日々にも、息抜きは必要だ。
ビオトープガーデンの責任者・マンサムの計らいで、広い所長室には沢山の料理が運び込まれ、四天王達の夜宴が繰り広げられているところだった。
馬鹿でかいテーブルに所狭しと並べられていた料理は粗方食い尽くされ、酒優先のマンサムは早々にソファーに席を移していたのだが……その太い首に腕を絡ませて、酔っ払いのココがピッタリと寄り添っている。

「しょちょぉ〜v ボク、エンペラークローにあってみたい〜」
「ああ? 空の番長、エンペラークロウか? ソレは絶滅種だろ?」
「けんきゅ〜じょで、つくれない〜? ばんちょ〜に、あいたいな〜」

アルコールの所為で回らない舌で、普段では有り得ない甘え声を出しているココ。
そのココが文字通り絡みついているのが、自分じゃ無いのが腹立たしい。

ずっと以前から特別だったお互いの存在を、恋愛という形で昇華させたのがつい最近。
トリコとココは、云わば蜜月の恋人同士なのだが……その恋人を差し置いて、何を好んで禿親父に抱き付いているのか。
何時もなら料理を食べ尽くすまで離れないテーブルをサニーとゼブラに任せ、向かい合わせのソファーに陣取りながら、トリコは場末のスナックのような目の前の光景をジト眼で睨み付けていた。

「そう云えば、エンペラークロウの遺伝子採取に成功したと報告が来とったな。研究所の連中に、やらせてみるか」
「わぁvv うれしい〜v ハンサムしょちょう〜ありがと〜vv」
「んあ? ワシの名前はマンサムだぞ?」
「い〜の。 しょちょうはおとこまえだから、ハンサムでい〜の」
「ん?そうか?……まんざらでも無いな。……よしっ、エンペラークロウのクローン再生に成功したら、お前に育てて貰うとするかっ」
「ほんとぉ!? ハンサムしょちょう、だぁいすき〜〜!!」

  ………何処の、ぼったくりバーだ。

上客とホステスのような遣り取りに、手にしていた肉を骨ごと噛み砕き、トリコは不機嫌を隠さない声で割り込んだ。
「ココ、もういい加減離れろ。抱き付きたいなら、オレの方に来いよ」
「トリコは、や〜」
「ばっはっはっ! 振られたな、トリコ」
「所長は、うるせーよっ! 何でオレはイヤなんだよ!? ココ!」
「ひどいことするから、やっ、なの〜!」
「酷い事って何だよ! オレがココにそんな事する訳ねぇだろっ」
食い下がるトリコに、ココの声のトーンが少し下がった。
「………忘れたの? 一昨日のコトなのに…」
「え?」
きょとりと聞き返したトリコの思い至らない様子に、すぅーと息を吸い込んだココは、思いっ切り叫んだ。

「ボクの(ピー)に自分の(ピー)を、無理矢理(ピーーー)したクセにっっ!!」

サニーが口に含んでいた酒を勢い良く噴出して霧に変え、ゼブラが椅子ごと引っ繰り返った轟音が響いた。
背後の喧騒を気にも留めず、涙目のココが更にトリコに怒鳴る。
「すっごい痛かったんだからなっ! めちゃめちゃ痛かったんだからなっ! 何が『大切にするから』だ! この大嘘吐きっっ!! ごーかん魔!!」
「おまっ…!人聞きの悪い事言ってんじゃねーよ! 最後までイイか?って訊いたら、可愛く恥らいながらも頷いたじゃねーか!」
「だって知らなかったんだもんっ!」
「語尾に『もん』とか付けんな! 可愛過ぎるだろうがっっ」

聞いていて力の抜ける言い争いに、恐れ知らずのマンサムの声が割り行った。
「おいトリコ。 お前、夜の街での『体験学習』が、まるで役に立って無いじゃないか?」

マンサムの爆弾投下に、トリコは口元を引き攣らせ、ココの顔から表情が消える。
一気に温度が下がった空気など、まるで意に介さないマンサムは、
「全く、このガキは…ココにも、協力してくれた玄人のねーちゃん達にも、申し訳無いとは思わんのか」
 と、トドメを刺した。

「……へぇー…」
平坦な低音を発し、ゆらりと立ち上がったココは、マンサムの手に有ったグラスを奪い取ると半分ほど残っていたバーボンを、ぐいっと一息に空けた。
「お…おい……ココ…さん?」
恐る恐る伺うトリコを冷たい視線で睨み下ろし、背後に幽鬼を立ち昇らせたココが言う。
「流石にイイ度胸だな、トリコ。ボクを口説きながら、抜け抜けと他の奴とも愉しんでいたって事か?」
「いや、その……ココに怪我させるのは避けたいし……知っておいて損は無いって、所長が、な…」
「尻尾振って付いて行ったのは、お前だろう? しかも、事前に『体験学習』をしていながら、あのザマか? 餌を前にしたハイエナの方が、まだ礼儀正しいぞ」
静かな口調が余計に恐い。
ほんの2、3分前までの舌足らずな話し方と可愛らしい態度は、一体何処に消え失せたのか。
「顔を貸せ、トリコ。その件については別室で、じっくり詳しく聴かせて貰おうじゃないか」
「おいおいおい、一寸待て! ココ、落ち着こうっ……落ち着いてくれっ!! 毒漏れ危険! ホント危険だからっ! ってか、サニー! ゼブラ!! 黙って見てるんじゃねぇ!!」

自分の倍以上の重さが有るトリコの首根っこを掴み、易々と引き摺って行くココを見送りながら、四天王の二人は『今後、ココに酒を呑ませるべからず』と、深く固く心に刻み込み……

爆弾投下の張本人であるマンサムは「…ハンサム、か…」と、顎に手を添えながら悦に浸っていた。





トリココ祭11月のお題「酒」作品。
「ハンサム」の所以と、キッス誕生秘話。