secret mind


「お前の本命って、どんな奴?」
情事の直後にしては不適切な問い掛けに、ベッドに突っ伏したままだったボクは肩越しに男を振り返った。

裏通りのバーで声を掛けられ、近場のホテルに連れ込まれたのは、半年程前だっただろうか。
その後も何度か、偶に足を向ける其の店で顔を会わせれば、今日のように褥を共にしていた。
ボクよりも大柄なのに結構な遊び人に見える男の名前すら聞いていないし、ボクの素性も話していない。
自分自身でやるよりも罪悪感と虚しさを感じさせない、都合の良い性欲処理の相手。

  ……だった筈なのに……
振り返って見た男の顔には、ボクに対する執着が浮き上がっている。
ああ、潮時か……。

「居るんだろ? 恋人が他の男とヤッてても、何にも言わねぇの?」
「……もう三年も会ってないからね」
思わず、言わなくても良いと思っていた言葉が口から零れ、ボク自身が驚いた。
「マジかよ! お前みたいなの放って置いて平気って……不能か、ソイツ?」
眼を剥く男の言葉に、笑いが漏れる。
まあ、少しぐらい話しても良いだろう。
どうやら今後も、この男の方から付き纏って来る事は無さそうだ。
「……誰かと寄り添って生きるタイプじゃ無いからね。ただ欲望には忠実な奴だよ」
「なんだ。向こうも浮気し捲くってんのか?」
「それは無いね。欲は欲でも彼の場合は『食欲』の方だ。……何も考えて無さそうな奴だけど、人の心を捉えるのが上手く、大勢から慕われている。意外と仕事熱心だし、目的を果たす為の鍛錬も怠らない。ずっと会ってはいないけれど、多分かなり強くなって…っ」
喋り過ぎたと口を噤んだけれど、遅かった。
平静を装いながらも面白く無さそうな表情が見て取れる男の事より、ボク自身の心がどうしようもなく波立っていく。
意識的に記憶の棚に仕舞い込んでいたトリコが、ボクの中に溢れ出して来る。
トリコの表情、声、仕草……。
ボクの眼で、耳で、肌で……全身で、彼を覚えている。

キシリ…と、スプリングを響かせてベッドを降りた。
早々に身支度を整えるボクに驚きの目を向けて、寝そべっていた男が身を乗り出して来る。
「何だよ。もう帰るのか?」
「これでも忙しい身なんだ」
サラリと返せば僅かに落胆の表情を見せたものの、すぐさまニヤリとした笑みを浮かべてボクの腰に腕を回して来た。
「……また何時でも、待ってるぜ」
ボクの手を取って音を立ててキスを落とすこの男は、其の手から、今自分が腕を回している身体から、猛毒が溢れ出す事を知らない。
遊び人らしく下手な技巧では無かったのだけれど、抱かれながら常に頭の何処かが冷めていた。
行為にのめり込む事も無かったから、昇り詰める時でさえ毒の制御も容易く出来ていた。

でも……トリコ相手では、そうはいかない。
触れられれば、熱を帯びる。
キスされれば、身体が熔ける。
求められれば、理性が焼き尽くされる。
嬲られる羞恥と、食い殺されそうな恐怖と、全てを委ねたくなる甘苦しい恋情。
トリコ以外では、欠片も感じられない………実に忌々しい事実。

ボクの身体に回されている太い腕が、随分と貧弱なモノに見えてきた。
するりと男の腕を外して、ドアの方に歩きだす。
ドアノブを回しながら、薄い笑みを浮かべて振り返った。
「此処の部屋代は払っておくから、ゆっくりして行くとイイ」
「おう、そうか。気が利くな」

  今日まで付き合ってくれた、お礼だよ。
  情事の相手にしては、物足りな過ぎだったけれどね。


言葉の毒もひっそりと隠し、もう会う事も無いだろう男を残した部屋のドアを閉じた。





このココは無いわ!(書いておいてなんだけど)
他人に触られるのを避けているココが、遠恋やっほーと
火遊びに興じたりしませんわな。

再会前のココちゃんに、トリコ語りをさせたかったんですけどね。
仕事中にトリコ来訪を感じ取っちゃうくらいなんだから、
そのまま客相手に無意識の惚気をかましたりするんじゃなかろうかと……
ゴールデンとうもろこしのオジサンは、あの後延々とトリコについて聞かされたに違いないんじゃなかろうかと…
…なんだ、そっちを書けば良かった(今更)